
ベトナムでは近年、特殊詐欺が大きな社会問題となっています。
高収入や好条件をうたった求人に誘われ、カンボジアなどへ渡航し、結果として特殊詐欺に関わってしまうケースもあります。
一方、日本では長年にわたり、ベトナムから多くの技能実習生を受け入れてきました。
一見するとまったく関係のない「技能実習」と「特殊詐欺」。
しかし、長年ベトナムの人材事情を見てきたVIT Japan代表取締役・猪谷太栄氏は、現在この2つに応募する若者の層が「区別できないほど近づいている」と指摘します。
今回は、ベトナムの特殊詐欺問題を入り口に、技能実習生の人材層の変化、送り出し機関選びの重要性、そして育成就労制度開始後に起こり得る「ベトナム離れ」についてお話を伺いました。
ベトナムでも社会問題となっている特殊詐欺
――日本では特殊詐欺が大きな社会問題になっていますが、ベトナムでも同じなのでしょうか?
猪谷氏:
ベトナムでも特殊詐欺は社会問題になっています。
日本と同じように詐欺にも流行があって、手口はどんどん変わっています。警察官などになりすますケースもあります。
また、ベトナム国内だけではなく、高収入の仕事などと勧誘されてカンボジアなどへ渡り、特殊詐欺に関わってしまうケースもあります。
そうした仕事に行ってしまうのは、地方に住んでいて定職に就いていない若者などが少なくありません。
「簡単に稼げる」「高い給料がもらえる」といった話に惹かれて行ってしまうわけです。
15年前の技能実習生は「優秀だけれど進学できない」若者も多かった
――以前のインタビューでも、昔と現在では技能実習生になる人材がかなり変わったというお話がありました。
猪谷氏:
15年ほど前に日本へ技能実習に行っていたベトナム人は、かなり優秀な人が多かったです。
学校でもクラスのトップレベルにいるような子が、家庭の経済的な事情で進学できない。
それで家族の生活を支えるため、日本へ技能実習に行って働く。そういうケースが珍しくありませんでした。
つまり、能力が低いから海外へ働きに行くのではなく、本来なら進学できるだけの能力を持っているけれど、経済的な事情によって日本で働く道を選んでいた人が多かったんです。
ところが、今は状況が大きく変わっています。
「クラス40人なら30番以下」の人材も日本へ
――現在はどのように変わっているのでしょうか?
猪谷氏:
もちろん全員ではありませんが、現在は学校のクラスに40人いたとしたら、成績が30番より下というような層の若者も日本へ行くようになっています。
ベトナム経済が成長して、国内でも仕事を選べるようになりました。
能力が高い人は大学へ進学したり、ベトナム国内の企業や外資系企業で働いたりする選択肢があります。
そうなると、わざわざ費用をかけ、言葉も文化も違う日本へ技能実習に行こうとする人は減っていきます。
結果として、日本へ送り出される人材の層そのものが、以前とは変わってきています。
「日本へ技能実習」と「カンボジアで高収入」の応募層が重なりつつある
――そこで特殊詐欺の話につながるのでしょうか?
猪谷氏:
そうです。
かなり極端な言い方になりますが、今は「日本へ技能実習に行く人」と「高収入の仕事があると言われてカンボジアへ行く人」の層が、以前ほど明確に分かれていません。
もちろん、日本へ行く技能実習生が犯罪に関わるという意味ではありません。
問題は、海外へ働きに行こうとする若者の人材層が変化しているということです。
「海外へ行けば稼げる」という情報をもとに仕事を選ぶ若者の中で、日本の技能実習を選ぶ人もいれば、別の国の高収入求人を選ぶ人もいる。
それくらい人材の裾野が変わってきているということです。
だからこそ「送り出し機関選び」が重要になる
――受入れ企業側はどのような点に注意すべきでしょうか?
猪谷氏:
こういう状況だからこそ、送り出し機関をしっかり選ぶことが重要です。
応募してきた人をそのまま日本へ送り出すのではなく、どのように募集しているのか、面接や選考をどうしているのか、日本語教育をどこまで行っているのか。
送り出し機関によって、人材の集め方や教育、選考の質には大きな違いがあります。
そこを見ないで「今まで付き合っているから」という理由だけで同じところを使い続ければ、後になってトラブルにつながる可能性があります。
スイッチングコストを惜しむと、後で大きな負担になる可能性も
――送り出し機関を変えた方がいいと分かっていても、なかなか変更できない企業もありそうです。
猪谷氏:
実際、スイッチングコストを気にして変更をためらう企業は少なくありません。
新しい送り出し機関を探して、関係をつくって、採用や教育の流れを変える。当然、手間もコストもかかります。
ただ、そのコストを惜しんだ結果、採用後に問題が起きれば、企業側の負担はもっと大きくなります。
仕事を覚えられない、現場でコミュニケーションが取れない、早期に離職してしまう。
そうした問題が起きてから対応するコストを考えれば、必要なスイッチングコストは早い段階で負担しておいた方がいいと考えています。
「ベトナムからの送り出しがあと10年続くか分からない」
――今後もベトナムは、日本の外国人材の主要な送り出し国であり続けるのでしょうか?
猪谷氏:
正直なところ、今のような形でベトナムから日本への送り出しがあと10年続くかは分かりません。
単純に、日本へ行きたい人が少なくなっているからです。
ベトナムの経済や賃金水準が上がれば、日本へ行くメリットは相対的に小さくなります。
だからこそ企業側も、「これからもベトナム人を採用し続ければいい」と考えるのではなく、他国からの採用も検討する時期に来ていると思います。
ベトナム人材がいる「今」のうちに次の国へシフトする意味
――他国へのシフトは、いつ頃から考えるべきでしょうか?
猪谷氏:
まだ一定の経験を積んだベトナム人材が日本企業の現場にいるうちに始めた方がいいと思います。
外国人材を新たに採用したとき、先輩の外国人スタッフが仕事を教えるケースは多いですよね。
そのとき、仕事を理解しているベトナム人スタッフがいれば、新しく来た外国人材に仕事を教えることができます。
ところが、人材の質がさらに低下してから次の国へ切り替えようとすると、教える側の人材自身が仕事を十分に理解できていないという状況が起こり得ます。
そうなると、新しい人材を採用しても、現場で教育できません。
今いる人材を「次の世代を育てる側」に回せるうちに、採用国の分散を進めることも重要だと思います。」
育成就労制度への移行が「ベトナム離れ」のきっかけになる可能性
2027年4月には、技能実習制度に代わって「育成就労制度」がスタートします。
育成就労制度では、就労開始前までに原則として日本語能力A1相当以上の試験に合格するか、A1相当の日本語講習を100時間以上受講することなどが求められます。
――育成就労制度への移行は、ベトナム人材の採用にも影響するでしょうか?
猪谷氏:
影響はかなりあると思っています。
現在ベトナムから送り出されている人材を見ると、日本語能力が十分な水準に達していない人も少なくありません。
育成就労になれば、日本語教育や能力確認がこれまで以上に重要になります。
そうなったとき、現在の人材募集や教育のやり方のままでは対応できない送り出し機関も出てくるでしょう。
そのため、技能実習から育成就労へ制度が変わるタイミングで、受入れ企業側でも「本当に今後もベトナムから採用し続けるのか」を見直す動きが出てくるのではないかと考えています。
ベトナム人材の採用を「当たり前」と考えない時期に来ている
長年、日本の技能実習制度において主要な送り出し国となってきたベトナム。
しかし、ベトナム国内の経済成長や若者の価値観の変化によって、日本で働くことを希望する人材の層は大きく変化しています。
今回の猪谷氏の話で重要なのは、「ベトナム人材が良い・悪い」という単純な話ではありません。
日本企業がこれまでと同じ方法でベトナムから採用を続けても、同じレベルの人材を確保できるとは限らなくなっているということです。
送り出し機関の選定基準を見直す。
必要であれば送り出し機関を変更する。
そして、ベトナムだけに依存せず、他国からの採用も含めて人材戦略を考える。
2027年4月の育成就労制度開始は、外国人材を受け入れる企業にとって、これまでの採用ルートそのものを見直す一つのタイミングになるかもしれません。
株式会社VIT Japan 代表取締役
猪谷 太栄 氏 (Inotani Takahide)
大学卒業後、関西の大手私鉄会社に就職。その後、ベンチャー企業支援コンサルタントに転職し、アジアへの進出支援、ビジネスマッチングイベントのプロデュースも行う。2005年、上海起業家登龍門、2007年にホーチミン起業家登龍門をプロデュース。その際、ベトナムの成長可能性を大きく感じ、2010年3月株式会社VIT Japan設立。以来ベトナムにて活動中。



